ファスト&スロー 上・下
経済学にパラダイムシフトを生じさせた、革命的書。
僕は心理カウンセラー(臨床心理士、公認心理師)でありながら、資産形成のことをこうしてブログで色々と書いています。
「心」と「お金」。一見すると、相反するものに思えます。
「お金じゃ愛は買えない」とはよく言われるもので、まさしくその通りでしょう。
しかし、一方、この二つをつなぎ合わせた非常に面白く有益な学問分野があるのです。
それが「行動経済学」という学問です。
経済学は本来、人間を「合理的な選択をする存在」と仮定し、その前提の上で理論が構築されてきていました。
しかし、人間は実は、それほど合理的な存在ではないのです。
例えばちょっと以下の質問に答えてみて下さい。
「Xは知的で正義感が強く、大学では法律を専攻していました。スーツがよく似合い、収入もあり、しかし、決して傲慢なところがない紳士です。皆が彼を頼りにします」
さて、Xの職業はサラリーマンである可能性と、弁護士である可能性とどちらが高いでしょうか?
もしかしたら、「弁護士」と直感的に答えた方もおられるのではないでしょうか?
もしそうだとしたら、その判断は合理的ではないかもしれません。
確かに、先ほどの記述はいかにも「弁護士」という印象を抱かせるものになっています。
しかし、サラリーマンと弁護士とを比べた時、どちらの人口が多いだろうかという統計事実を踏まえれば、圧倒的にサラリーマンである可能性の方が高いはずです。
この例から分かるように、人間は「それっぽさ」などという直感的思考によって意思決定をしてしまうことがあるのです。
この「直感」こそ心理的過程であり、経済学にもこの人間の「心」、バイアスがかかる要因を踏まえて行かなければならないと考えられるようになりました。
これこそが「行動経済学」です。
そういった意味で、心理学もファイナンスも勉強している僕にとって、行動経済学は非常に興味深い学問なのです。
実際、今までも行動経済学の本は何冊か読んできました。
しかし、行動経済学の礎を築いたといっても過言ではない本書には、まだ手をつけていなかったのです。
何故かというと……メチャクチャ分厚いからです!しかも、上下巻!
ただ、流石にFPの資格もとってファイナンス系のブログをこうして書くようになったからには、もう避けては通れないだろう、と意を決して読み始めたわけです。
前置きはこれくらいにして、本書の内容に話を移していきましょう。
本書では、直感的な思考をシステム1、慎重な思考をシステム2と命名し、これらのシステムについて解説するとともに、僕たちの意思決定が必ずしも合理的ではないことをしめしています。
本書から、それぞれの定義を引用します。
・「システム1」は自動的に高速で働き、努力はまったく不要か、必要であってもわずかである。また、自分お方からコントロールしている感覚は一切ない。
・「システム2」は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。システム2の働きは、代理、選択、集中などの主観的経験と関連づけられることが多い。
P32
本書タイトルは「ファスト&スロー」ですが、ファストがシステム1、スローがシステム2を指しています。そして本書がをより多くの光を当てているのが、システム1です。
システム2には、普段は自動化されているシステム1の動きを調整する能力が備わっています。
この二つのシステムは車の両輪みたいなもので、エネルギー源を共有しています。
普段はバランスよくこの二つのシステムが使えるようにエネルギーは分配されていますが、システム2により多くの注意力を遣わないといけないとき、普段は自動化されているシステム1は一旦その機能が停止することがあります。
ここがとても面白いところなのですが、とはいえ、言葉で聞かされてもよく分からないと思いますので、体験してみましょう!
白チームが何回パスを回したか、正確に数えて下さい。黒チームの回数は無視して下さって結構です。
ではどうぞ!
どうでした?数えられました?
ただ、実は回数はどうでもいいのです。あることに気づけたかどうかをチェックするのが本当の目的なのです。
実はこの動画には、ゴリラの着ぐるみを着た人が横切っていたのですが、気がつきましたか?
これだけ目立つ存在であれば、普通ならシステム1が勝手に働いて「ゴリラがいる」と知らせてくれます。
しかし、「白チームのパスの回数を数える」というやや難しい課題をシステム2にお願いしていたので、うまくシステム1が機能しなかったのです。
なんと、同様の課題を与えた実験では
延べ数千人の被験者がこれを見たにもかかわらず、約半数が何も異常に気づかなかったのである。
P37
普段はシステム1が優性なのですが、ものごとがややこしくなるとシステム2が主導権を握るのです。
システム2はエネルギーをたくさん食う大食漢な存在らしく、平時は省エネに勤める怠け者です。
しかし、一旦忙しくし始めると、ダブルワークが苦手なので、他の作業がお留守になります。
本書には
認知的に忙しい状態では、利己的な選択をしやすく、挑発的な言葉遣いをしやすく、社会的な状況について表面的な判断をしやすいことも確かめられている。
P62
とのことです。
たまにネットやテレビで持論を展開した際に、反対の意見をぶつけられるとヒートアップする人がいますが、その人は認知的に忙しいのでしょう。
なお、この手の認知的な作業に必要なエネルギーはスキルの向上とともに減っていくそうです。
普段からしっかりと勉強している人は、システム2にそこまでエネルギーを使わずに物事を判断することが出来るので、ちょっとした反対意見にも余裕を持って対応できる、ということです。
ヒートアップしている人は、底が浅い可能性が高いので、何かを追求して質問しても建設的な答えは返ってこないと思います。そっとしておくのがよいでしょう。本人もそのことには気づいていないので。
行動経済学との絡みでいうと、第2部の「ヒューリスティックとバイアス」は必読でしょう。
例えば、あるスーパーのセールで
数日間は「お一人様十二個までの張り紙が出され、残り数日間は「お一人何個でもどうぞ」の張り紙に変わった
P187
だけで、売り上げが倍も変わった、などがそうです。
「十二個」という数字がアンカーとなり、それに近い数字を買おうとする心理が働いたのです。
テレビショッピングでもよく「お一人様3箱まで!」などといってセールスしています。こういうのを聞くと「せっかくだから3箱いっぱいまで買おう」と思ってしまいがちです。
しかし、本当に3箱も必要なのか、そもそもその商品はいるのか、ということをシステム2と相談して決める必要があります。
また、行動経済学に興味があるなら下巻の第26章も必読でしょう。
この章では行動経済学の根幹をなすものの1つである、
プロスペクト理論とは
損失に対する感応度は、同じ額の利得に対する感応度よりもはるかに
強い P77
という理論です
例えばこんな問題を解いてみるとそのことがよく理解できると思い
問題5 あなたはコイン投げのギャンブルに誘われました。
裏が出たら、100ドル払います。
表が出たら、150ドルもらえます。
このギャンブルは魅力的ですか?あなたはやりますか?
P78
いかがでしょうか?おそらく、「やらない」という選択を取るのでは
しかし、よくよく考えてみるとこれはおかしなことです。
なぜなら、払う可能性のある金額よりもらう可能性のある金額の方が
にもかかわらず、僕たちは「やらない」という選択を取りがちなのです。
このことから、100ドル損する恐怖感は、150ドル得をする期待感
このように損失は利得より強く感じることを、
とまあ、このような感じで、
・僕たちの意思決定がシステム1の影響から如何に抗うのが難しいか、
・システム2が優勢になるとシステム1が如何に機能しないか、
・システム1は直感的でありながら如何に正しい選択をすることが多いか(必ずしも合理的な選択が正しい選択であると言う訳ではない)、
といったことが詳しく書かれています。
ただ、良くも悪くも「古典」ですので、心理学を勉強したことがある人には「そうだよね」という感じかもしれません。
例えば、
「赤」という記号を見た時に、その「文字」ではなく「色」を答えるのは少し難しいというストループ現象とか、
老人をイメージさせる単語を見ると歩くスピードが知らぬ間にゆっくりになるプライミング効果とか、
本当は当時は知らなかったくせに、後から答えを聞いて「もともとわかっていた」と判断してしまう後知恵バイアスとか、
そういう教科書に必ず書いてある基礎的理論が多く書かれているのです。
ただ、ここら辺の理論は「ザ・心理学」という感じかと思いますので、心理学の勉強をしたことがない人にはとても楽しく読めるのではないかと思います。
一番面白い本書の読み方は、どういう時にシステム1とシステム2をうまく自分に有利なように活用できるか、ということを想像しながら読むことではないかなと思います。
例えば、自分を「モテさす」方法を考えるとか。
システム1と2の機能を考慮にいれれば、出会いを求めて訪れる場所も変わってくるでしょう。
もし、あなたが自分の内面に自信があるなら、参加人数が少ない合コンに行き、
もし、あなたが自分の外見に自信があるなら、参加人数の多い合コンに行くべきなのです。
なぜなら、参加人数が少ないとその分の情報をシステム2が機能して処理することが可能ですから、しっかりと中身を見てもらえるのです。
一方、参加人数が多いと情報が多くなり過ぎて、システム2では処理しきれなくなるので、システム1で処理せざるを得なくなります。そのため、ぱっと見で分かる外見で評価してもらえるのです。
ちなみに、末永く関係を続けたいなら、システム2で判断した恋愛の方が良いと思いますけどね。まあ、これはいいでしょう。個人の自由です。
また、恋愛相談を受けたとき、その人の恋を応援したい時と、略奪を狙っている時とで対応も変わるかも知れません。
もし、応援したい時には「その人の好きなところ3つ挙げるとしたら何?」と聞くのが良いし、
もし、略奪を狙っているなら「その人の好きなところを30個挙げるとしたら何?」と聞くが良いでしょう。
誰でも好きな人の好きなところを3つ挙げるのは容易です。システム1がさらっとやってくれます。その「案出しやすさ」を支点にして「こんなに思い出せるのは好きだからだ」とシステム1が判断します。
一方、好きな人のこととはいえ、好きなところを30個も挙げるのは大変です。システム2の力を持ってしても至難の業でしょう。すると、その「案出しづらさ」を支点にして「あれ?実はそんなに好きじゃなかったのかも?」とシステム1が判断します。
だから、もし片思いの異性に恋愛相談されたとしても、まだ諦めるのは早いです。このテクニックを使いましょう!笑
…みたいな感じで、システム1や2のうまい使い方を考えるととても楽しいと思います。
しかし、実際の実験結果を数字でみると改めて驚かされるかと思いますので、読む価値は以前としてあります。 オススメの読み方は、最後にも例を挙げて書きましたが、本書に書かれていることを自分なりに応用力をもって考えてみる事かと思います。
そういう読み方ができれば、システム1で「そっかー」と受け流すような読み方ではなく、システム2を関与させた深い読み方ができると思います。本書はシステム2を活性化させてくれる題材に溢れているので、心理学を使いこなして実用的な物にしたいなと思っている人には読んでみてもらいたい本となっています。