ポジティブ心理学の挑戦
本書は、ずっと続く幸せを手に入れるために役立つ一冊です。
ポジティブ心理学はそのネーミングから「幸せ」を志向するもののように感じれます。しかし、意外なことに、創始者のセリグマンは
私は実のところ、「幸せ」という言葉が大嫌いだ。
P22
とのことで、「ポジティブ心理学が幸せを志向する」というイメージは、ポジティブ心理学が意図するところとは大きくかけ離れているようです。
では、ポジティブ心理学とは、いったいどんなことを志向する心理学なのでしょうか。
セリグマン曰く、
人間がそのもののよさのために何を選ぶか、ということに尽きる。
P25
とのことです。
ポジティブ心理学の主なる研究題材は「ポジティブ感情」「エンゲージメント」「意味・意義」という3つの測定可能な要素です。
①は楽しみや心地よさなどの主観的な感覚、②は没頭すること(フロー)、③は自分よりも大きいと信じるものに属して、そこに仕える生き方をさします。
①や②は時として孤独です。「幸せ」とはかけ離れています。
②は時として何も感じず、何も考えていません。「幸せ」とはかけ離れています。
③は信念体系です。「幸せ」とはかけ離れています。
以上のことから、ポジティブ心理学が単なる「幸せ」を志向する心理学ではないことが明らかです。
セリグマンは「幸せ」以上のものを目指したかったのです。
そこで導き出されたのがウィルビーイング理論でした。
これには先述の①②③に加え、④達成、⑤関係性が含まれます。
どんなエクササイズの中でも、他人に親切にすることがウィルビーイング度を一時的に向上させる最も信頼できる方法だ、という事実だ。
P42
とのことで、自己満足な幸せではなく、共同体を意識した幸せがポジティブ心理学の意図する幸せの一つのようです。
ポジティブ心理学の目標は、以上5つを最大化し、人生と地球上のフラーリッシングの量を増やすことです。
フラーリッシングとは、持続的幸福のことで、下記の表にある基本的特徴の全てと、付加的特徴のうち3つを備えている状態とのことです。
基本的特徴 | 付加的特徴 |
・ポジティブ感情 | ・自尊心 |
・エンゲージメント | ・楽観性 |
・興味関心 | ・レジリエンス |
・意味、意義 | ・バイタリティ |
・目的 | ・自己決定感 |
・ポジティブな関係性 |
上記特徴を現在持っていないとしても残念に思う必要はありません。
これらを得るためのスキルがあるからです。
本書ではそのためのエクササイズや実践例が豊富に記載されています。
フロムは「愛するということ」の中で愛とは技術論であるということを説いていますが、それを彷彿とさせます。
他人への愛も、自分の幸福も、偶然がもたらしてくれるものではなく、自らの手でつかみ取っていくものなのだ、ということなのでしょう。
これは一見すると冷淡な感じがします。「無条件の愛」や「幸せ」というものがスキルで得るものだと考えると何とも人工的な感じがするからです。
しかし、ただ待っているだけの愛や幸福は偶然の産物であり、仮に一時の偶然で愛や幸福を感じられたとしても、それは持続しない儚いものです。
自分の意識とスキルで愛や幸福が持続するとしたら、その方が人生を主体的に生きれるような感じがします。
持続的に幸せであることは、心理臨床を業とするものにとって、不可欠な努めであると思います。
クライエントの福祉を実現させようとする者が、あまり幸せでないとしたら、それはどこかにウソがあります。
患者の心の健康状態を向上させようと、治療者は自分の役割以上のことをやっているのに、治療者の心を健康にすることについては従来の心理学は概して役に立たないのだ。
P4
もし、幸せになることが偶然でしか達成できないものであれば、幸運の女神に微笑まれた強運の持ち主しか心理臨床家を名乗れないことになります。
しかし、幸運にもそうではないのです。スキルを身につければ、誰でも幸せになれます。
本記事のカテゴリーを「対人的資産系」とせず「身体的資産系」としたのは、ポジティブ心理学の考える持続的幸福は必ずしも他者との結びつきだけに起因するものではなく、自らの主体的な努力に起因することを考えてです。
本書にはエリスのABCモデルという心理臨床家にとっておなじみのものから、心的外傷後成長や運動まで幅広い観点から持続的幸福についての記述があり、自分に合ったスキルを見つける事は比較的容易でしょう。
自分を幸福にするスキルは臨床家としてのスキルにも活かすことができます。
私はときどきセラピストとして、患者が自分の怒りや、不安や、悲しみを取り除くための手助けをする。私は、そうすれば患者が幸せになると思っていた。だが患者がそうなったためしはない。(略)ずっと続く幸せを手に入れるためのスキル(ポジティブな感情、意味・意義、よい仕事、ポジティブな関係を持つこと)が、苦しみを最小限にするスキルとは別物だからだ。
P102
治療的なスキルに加え、幸福になるスキルも身につけられたら、臨床家として大きく飛躍できそうです。
幸せな臨床家か、そうでない臨床家か。
僕はできれば前者になれればな、と考えています。
主体には責任が伴い、甘えの気持ちを乗り越えていかねばなりません。しかし、愛や幸せは人間にとってこれ以上ない価値のあるもののはずです。
そのために努力することは、人として、そして臨床家としての自分を大きく成長させてくれるような気がしています。