心理職でもできる資産形成と運用

心理職でもできる資産形成と運用

FP×心理Thによる資産にまつわるアレコレのお話

心理職としての援助要請の視点

 

自己責任論では物事は何一つ解決しません。僕たち心理カウンセラーが抱える信念は他のものであるべきなのです

 

生きていれば辛いことは普通に起こってしまいます。

 

その辛さは千差万別であり、一人で対処できるものもあれば、助けを求めた方がよいものもあるでしょう。

助けを求めた方がよいものは、助けを求めた方がよいはずです。

 

しかし、残念ながら、助けを求めた方がよいと思いながらも、必ずしも助けを求めるとは限りません。

例えば、

精神疾患の診断基準に該当した人で、何らかの治療を受けた人はわずかに21.9%であった。

P002

 

とのことで、ほとんどの人は援助を求めてはいないようです。

 

このような、専門的なサービスのニーズがあるにもかかわらず、それを利用しないことをサービスギャップといいます。

 

どうしてサービスギャップが生じるのでしょうか?

 

それを知る為には、どうして彼らはサービスを求めることをためらうのかを知る必要があります。

つまり、彼らの被援助志向性について理解する必要があるのです。

 

本書は、この被援助志向性を教育、医療、福祉、産業、司法の5つの領域から考察しています。ちょうどこの5領域は、公認心理師の守備範囲と考えられている領域と重なります。

http://shinri-kenshu.jp/guide.html

 

 

援助要請には負の側面と正の側面とがあります。

 

負の側面は、援助を求める行為そのものが自尊感情への脅威になることです。甘えや依存といった評価にさらされるリスクもあります。

 

しかし、こういった負の側面だけではありません。 援助を要請することでポジティブな結果が得られることだってあるのです。

この正の側面を知ることが、より援助要請を促すことに寄与すると考えられます。

 

僕たち心理カウンセラーは、「援助行為はポジティブな結果がある」と信じるからこそこの職についています。

ですが、それはあくまでもこちら側の論理です。援助を必要とする人には「カウンセリングが何なのか」すらはっきりしていません。

従って、もし援助を求めてやってきてくれたとしても、常に「相手にはためらいがあるだろう」という推察をしておく配慮が必要でしょう。

本書にも

支援者は、援助要請者が自ら相談場面に訪れた場合であっても、援助を受けることに対して何らかの抵抗感を有している可能性に留意しなくてはならない。

P007

 

とあります。肝に銘じる必要があるでしょう。

 

 

先述したように、本書では教育、医療、福祉、産業、司法の5つの領域について、被援助要請について書かれています。

領域ごとにどのように対応したのかを具体的な事例を挙げて解説してくれています。 心理カウンセラーとして勤務しているのなら、上記5領域のいずれかで仕事をしていることがほとんどと思いますので、必ず参考になる事例に出会えるでしょう。

 

僕自身は、医療領域で勤務しており、かつ摂食障害を専門にしているので、P40にある「摂食障害が疑われ大学附属相談室に来談した女子高生のケース」は特に興味深かったです。

この事例は、クライエント本人は摂食障害であることを否定しているのですが、人間関係の悩みを自覚していました。カウンセラーはそれをじっくりと聞くことで、最終的には医療領域を受診することを動機づけたのです。

 

人間関係と摂食の問題は、一件無関係に見えて強いつながりがあることが知られているので、この事例への対応は見事だと言えます。

 

本書の他の特徴として、領域横断で被援助志向性について考察しているだけではなく、精神分析人間性心理学、認知行動療法、家族療法、コミュニティアプローチという学派ごとにも被援助志向性について考察している点が挙げられます。

 

 

僕自身は認知行動療法とコミュニティアプローチを中心とした実践をしています。

 

認知行動療法からみた援助要請の章では、普段から認知行動療法に基づく介入、たとえばSSTを実施しておくことで、援助を求める抵抗感を軽減する可能性が示されています。

 

 

コミュニティアプローチからみた援助要請の章では、コミュニティ心理学の考え方をベースにした介入の実際例が記載されています。

 

コミュニティ心理学では、個人と環境との相互作用に注目する視点をとります。

ですから、被援助志向性についても「どうしてこの人は援助を求めないのか?」という個人内要因だけを見るのではなく、「この人はどのような文化のもとで生活しているのか?」という環境要因へ目を向けることを忘れません。

 

なぜなら、

自尊心の脅威から他者に助けを求められない人もいれば、他者に与える負担を懸念して助けを求めない人もいる。人に迷惑をかけないことが尊ばれる社会もあれば、相互扶助によって成り立つ社会や、富める者が困窮する者を助けることが当然と見なされる社会もある。このように「助けて」の発しやすさは個人の属するコミュニティによって一様ではない。

P150

 

からです。

 

こういった背景がある中で、個人にだけ介入しても効果は限定的でしょう。

その人を取り巻く環境にまでアプローチし、その環境の風土を変革していく必要があります。

そのためには、心理カウンセラー一人の力ではあまりにも無力です。その環境にいる他の専門家との協力関係が不可欠です。

 

僕自身はコミュニティアプローチの発想は全ての心理カウンセラーに必須だと考えています。実際、本書をよく注意して読むと、全ての章でコミュニティ心理学的発想を見つけることができます。

 

しかし、コミュニティアプローチにはなかなか馴染みのない人もいることでしょう。 そういう方は、まず自身の寄って立つ学派に基づく被援助志向性について学んでいくことをオススメします。

上記した精神分析人間性心理学、認知行動療法、家族療法はメジャーな学派ですので、実践している方も多いでしょう。おそらく、本書の章のどれか1つは日々の臨床への参考になることが書かれていることと思います。

 

編集後記ある事件をきっかけに「一人で死ね」という主張の是非が問われることが起きました。それ以前にも、どういうわけか自己責任論の空気が日本中に蔓延していましたが、「一人で死ね」は究極の自己責任論の1つでしょう。

この自己責任論、果たして援助を希求させるものでしょうか。おそらくその真逆でしょう。
全てを「あなたの責任です」と捉えられる社会において、誰かに助けを求めようという気がおきるでしょうか。
必要なのは誰もが誰かに依存して生きているその不偏性を許容し、支え合い、誰のことも孤独にしない社会構築です。

本書はそんな初めの一歩を考える上でとても参考になると思います。