コミュニティ心理学
30年の時を経て、ようやく重要性が理解され始めた公認心理師必携の書です。
コミュニティ心理学は臨床心理学の中でもまだまだマイナーな領域でしょう。
僕が受験した当時に購入した公認心理師現任者講習会テキスト[2018年版]にさえ、「コミュニティ心理学」の文字はありませんでした(今の版ではどうなっているのでしょうか?)。
しかし、公認心理師が強調するのは、連携、国民の心の健康への寄与、予防などであり、これはそのままコミュニティ心理学が強調するところと重なります。
公認心理師である以上、コミュニティ心理学の学習はもはや避けては通れないのです。
コミュニティ心理学は1965年にボストンで開かれた「地域精神衛生にたずさわる心理学者の教育の関する会議」によって誕生しました。
コミュニティ心理学の理念の一つは
悩める人への援助は専門家一人でやり得ているものではないこと。地域社会のさまざまな人々との連携の中で本来の援助ができるのだということである。
はしがきより
この理念から、臨床家のドグマよりも地域の人々のニーズがより重要視され、また、情報を共有し合うためのコンサルテーションが重視されていることが分かります。
このニーズアセスメントやコンサルテーションは、今まで主に臨床心理士が担っていたカウンセリングとはまた違った専門技術です。
当時の心理学者はこのパラダイムシフトに大変困惑したようです。
サービスの対象は患者として病院にやってくる人だけではない。自分たちなりの生活を営みながらも、援助を求めている人も対象となる。また、介入の仕方も、医者中心の発想で働きかけてもそれは受けつけられない。住民のニーズにあった介入の新しい方法を開発する必要がある。さらに個人の心の内面だけを問題とする心的内界のアプローチだけでなく、生活環境、社会体制そのものの変革に対処しなくてはならない。
P5
このような混乱がありながらも、コミュニティ心理学が独自の発展を遂げた背景には臨床心理学者達の正鵠を射ていたことが要因としてありました。
医療責任を医師が持っていることもあり、当時の心理臨床家は独自性と自律性が十分に認められず欲求不満を感じていたのです。
そんな折、精神科医の対象をこえた地域社会の問題に対する責任が自分たちにあるのだということが、当時の臨床家たちを大変勇気づけました。
公認心理師が誕生するときに「医師の指示問題」が大きな話題となりましたが、責任の所在を巡る争い(?)という点では同じことの繰り返しをしているように感じるのは僕だけではないでしょう。
医者にはない独自な視点としてコミュニティ心理学者が目をつけたのは「予防」でした。
医師は治療が仕事ですし、地域の人々が健康を願わないわけはないので、地域住民のニーズにも合致しています。まさに金脈を掘り当てたという感じでしょう。
予防の具体的な方法の1つが「人と環境の適合」を目指すことです。
人へ対してアプローチする際に心がけることは、その人の弱い面だけではなく、強い面にも目を向けそれを強化していくことです。個人の中の力だけではなく、本人を支える社会的環境側の資源を充分活用できるように援助することも含みます。
一方、環境へのアプローチの際に心がけることは、すでにそこで暮らす地域の人々のニーズを汲み、それを保障するアイデアを他の専門家と協力して生み出すことです。
この2つのアプローチを上手くマッチングさせるところにコミュニティ心理学の独自性があるのです。
人は環境の力に大きく左右されます。コミュニティ心理学が環境にまで目を向けるのは、そういった当たり前のことに真正面から取り組むからに他なりません。
個人の心の中だけから問題を探そうとしても、見つからないことだってあるのです。本当はそこに問題なんて存在しないかもしれないのです。
環境が変わることで問題とされていたものも、問題とはもはや認識されなくなることだってあります。
本書にもそのことが端的に示されています。
自閉児が抱えている学校現場の状況、家族の状況を知らなくては現実的な援助はできないだろう。トイレット・トレーニング一つにしても、その家のトイレがどんな型のトイレか、家屋のどこに位置していて、子どもにとって使いやすいのかどうか実際に見た上で母親といっしょに考えなくてはならない。
P53
コミュニティや環境に向けた支援と言われると「どうしたらいいのかわからない」と身構えてしまうかもしれませんが、上記の記述を見てもらえばそれほど難しいことではないことは一目瞭然でしょう。
なかなかトイレット・トレーニングが上手く行かないのは、「自閉症ゆえの能力のなさ」というよりも、トイレの便座が冷たくて嫌がっているだけなのかもしれません。便座を暖めてあげれば、それで問題解決です。
他にも心理職の方が知っておいた方がいいことが本書には目白押しです。
全て挙げたいですが…!
あまりにも多すぎてこの記事の文字数も多くなりすぎてしまうので、ここではもう一つだけご紹介します。
例えば「危機状態」捉え方です。
コミュニティ心理学では、危機状態をこのように定義します。
自分のこれまでもっていた解決方法を使い切った状態
P61
これはカウンセリングに訪れるクライエントと同じ心理状態ですよね。ここから、クライエントにまず何をすべきか、確認すべきか、自ずと見えてきますよね。
この例からも明らかなように、コミュニティ心理学的発想ができると、普段の臨床心理学的行為のセンスも向上するのではないかと個人的には思っています。
もし、何をすべきなのか、確認すべきなのか分からないという方がいたら、本書P79から始まる事例に詳しく載っているので、本書を参照されることを強くオススメします。
もはや現代心理職にとって、コミュニティ心理学は必修科目です。
いずれ、このブログでも「対人的資産」のカテゴリーでコミュニティ心理学について詳しく扱いたいと思っています。この記事で触れられなかったコンサルテーションなどの代表的な概念についても紹介して行ければと考えています。
自己紹介を兼ねて、コミュニティ心理学の簡単な概要はすでに記事にしています。
ご興味があればぜひ、こちらもご覧下さい!
公認心理師関連法案が制定され、ようやく時代がコミュニティ心理学に追いついたという感じでしょうか。
もはや、コミュニティ心理学が古くさく時代遅れなのでは無く、コミュニティ心理学を知らないことが古い考えで時代遅れの心理職の証となってしまいました。
本書は出版年数こそ古いですが、そんな新しい時代を切り開く時に無くてはならない最新のアイテムです。