経営者になるためのノート
経営者とは、成果を上げる人のこと。成果とは、約束したことを実現すること。
これは、経営だけではなく、人生哲学にも繋がります。
タイトルを見て「経営者の本か。自分には関係ない」と思った方も多いかと思います。
しかし、以前僕は本書を「カウンセリングの本として読めるから読んでみて」と人にお勧めしたことがあります。
改めて読み返してみて、その時の感覚は正しかったと再認識しました。
著者は言わずと知れた、柳井 正さん。あの株式会社ファーストリテイリングの代表取締役会長兼社長です。
UNIQLOの創設者と言った方がなじみがあるかもしれませんね。
ファーストリテイリングは2014年8月期決算で、1兆3829億円の売上高を達成し、世界4位のアパレル小売会社にまで成長しました(2018年8月の決算では世界3位!)。世界中で同じ品質の服が安く買えるというのはものすごくすごいことです。
柳井さんは、後継者の育成に力を入れているようで、本書もその一環として著されたみたいです。
彼が経営者として大切にしていることをまとめ、それをもとに連想を広げていく作りとなっています。
本書序章ではこんなことが書かれています。
自分たちがやると約束する成果を考えるにあたって、一番大切なことは、社会における自分たちの存在意義、つまり使命を考えることです。
P10–11
そして、こんなことも書かれています。
この使命感にゴールはありません。永久にゴールに到達することはないのですが、ゴールを目指して追いかけます。それが正しい会社の姿です。それが正しい経営者の行動です。
P11
ゴールは永久に到達することはないけれど、そこに少しでも近づくために具体的な行動を選択し、自分で「やる」と約束したその行動をとっていく。
僕はここを読んで「カウンセリングにも同じことが言えるな」と思ったのです。
特に、アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)で言われていることとまったく同じです。
この感想は、本書を読み切るまでずっと変わりませんでした。
ちなみに、もしACTを学んだことがない方がいたら、こちらをやってみてください。
本書との共通点にきっと気づかれると思います。
経営者になるためには、4つの力が必要です。 それが以下です。
もっとも重要なのは、やはり、「理想を追求する力」です。
どういう商売がしたいのか、どういう自分でありたいのか、という方向性を定めなければどこにも進めません。
海に行きたいのに山に行く格好をする、というような間違いを冒してしまいます。
他の3つは「理想を追求する」ための手段になります。
どれが欠けても商売はうまくいかないようです。
そのため本書では上記1つひとつの要素を7つの視点から詳説しています。
この4つを見て、どう思いましたか?
「カウンセリングの本としても読めると言うから、ここまで読んでやったのに、『儲ける力』や『チームを作る力』はカウンセリングに関係ないじゃないか。商売に関係するのはわかるが、これらも含めてカウンセリングを語るのは無理がある」
と思われたかも知れませんね。
しかし、ちょっと待ってください。
二つの観点から考えてみると、やはり「カウンセリングにも通じる」と思ってくれるのではないかと思います。
先ず一つ目。
こちらは単純な理屈ですが、「カウンセリングもサービスの一つであり、商売だ」という視点です。
個人開業をしている人は特にそうです。法人格を取得して事業を展開しているにせよしていないにせよ、開業しているということはもう立派な経営者なのです。
だとしたら、「儲ける力」は不可欠です。
儲けることは職業倫理的にも重要なことだと僕は思うのです。
心理職は「枠」を重視します。一方、「黒字化」の話は忌避されるそうです。しかし、ビジネステイクな関係は最も重要な枠の一つであり、ビジネスである以上黒字化は必須命題です。枠と黒字化は連続線上にあるのです。黒字化を忌避する行為は枠を軽視することであり、職業倫理的に問題です。
— 小野寺リヒト (@r2209) August 14, 2019
「チームを作る力」もそうです。
カウンセリングは基本的にクライエントと一対一で関わりますので、「チーム」と言われてもあまりピンと来ないかも知れません。
個人開業をしている方は、他に従業員がいらっしゃらないので、そういう意味でも「チーム」という感覚を普段もたれないかも知れません。
しかし、カウンセリングはクライエントとの恊働作業であり、まさに「チーム」なのです。
そのチームをひっぱっていくのは他ならぬカウンセラーです。まさに「非指示的リード」はその延長線上にあるものです。
本書には
メンバーを鼓舞する前にリーダー自身が先頭にたって挑戦をすることが重要です。
P135
とあります。
CBTなどは、自分がまずそこで使われる技法を自分に使ってみることが推奨されていますし、精神分析でもまずは教育分析を受けるでしょう。
リーダーであるカウンセラーが、まず挑戦をすることが重要なのです。
そして二つ目。
「経営者として会社を大きくする志と、カウンセラーとしてスキルを向上させていく志はとてもよく似ている」という視点です。
カウンセラーとしての自己成長と「儲ける力」は一見関係がないように思えます。
自分で自分にCBTを実施したって、教育分析を受けたからって「儲ける力」はつきません。
「チームを作る力」も同様です。カウンセラーとして成長したからといって「チームを作る力」が養われるかといえば、そんなことはないかも知れません。カウンセリングは往々にして個人の営みだからです。
しかし、商売で「儲ける」は至上命題であるとはいえ、あくまでも「結果」なのです。
その結果を生み出すまでの道のりは、よりよいカウンセラーへの道のりとそう変わるものではありません。
例えば、本書の「儲ける力」の第一項は「お客様を喜ばせたいと腹の底から思う」です。
カウンセラーなら、誰しもが「クライエントに良くなってもらいたいと腹の底から」思っているのではないでしょうか。
誠実に他者とかかわり合うことの重要性は、商売にもカウンセラーとしての成長にも、何らかの「成果」を出すためには不可欠なのです。その「成果」が「儲け」なのか「クライエントの福祉」なのかの違いなだけです。
「チームを作る力」もまったく同様の理屈が通じると思います。
国籍とか人種とか性別とか年齢とかいう前に、もともと人間は個人個人が全部違っていて、誰ひとり同じ人はいないのです。
だからグローバルでなくたって、一つ一つの職場には必ず多様性があるわけで、本来の意味でのこの多様性を理解して、積極的に肯定して、チームを運営しない限り、どこでどのような組織を受け持とうが、成果なんてでないのです。
P129
と本書にはありますが、多様性を受け容れて肯定する姿勢は、自己成長そのものですし、カウンセラーが目指すべき姿勢です。カウンセラーであれば、あらゆるものに目を開いていきたいものです。
いきなり経営学の本を読むと、心理学とは異なりすぎてたじろいでしまうかもしれません。
しかし、自分の得意なことに引きつけながら他分野の勉強ができると、とても興味深く感じることと思います。
その意味で、生の経営学(それも、世界3位のアパレルメーカーの経営学)を心理職の方が学ぶ上で本書はまさにうってつけだと僕は考えています。
会社を成長させていくことと、自分自身を成長させていくことはとても多くの共通点があるのです。
本書は、すでに開業して経営している人にはダイレクトに参考になると思います。まだ開業していない人にも、僕たちが普段実践している心理臨床行為と会社経営に共通項が多いことを知るきっかけになるかと思います。
僕は、むしろ後者の人(まだ開業していない人)に本書を読んでもらいたいと思っています。経営とカウンセラーとしての自己成長との共通点に気づく人が増えたら、僕たちの業界のあり方も変わるかもしれないと期待(妄想?)しているからです。